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米国大使館商務部協力発行
Lifestyle USA
ライフスタイルu.s.a. 2003 Vol.7
「知られざるニューイングランド」


出版概要
誌名:Lifestyle U.S.A. Vol. 7

発行:サン美術印刷株式会社
〒113-0033 東京都文京区本郷1丁目11番14号 小倉ビル 6階
                    Tel. 03-5805-1756 Fax. 03-5805-1757
編集:サン美術印刷株式会社ライフスタイル編集事務局
購読料:\980(税込み)


アメリカ移民今昔物語

2002年9月17日、ニューヨーク・マンハッタンにあるコンベンションセンターに集まった2000人は、緊張した面持ちでその時を待っていた。世界各地からやって来たさまざまな人びとが長い道のりを経て、晴れてアメリカの国籍(市民権)を得る瞬間である。生まれながらにしてアメリカ国籍をもつ人たちの祖先も、数世代さかのぼれば、やはりこのような移民や帰化を許された人たちだった。19世紀初頭、ヨーロッパ大陸から大挙して大西洋を渡り新世界への移住を願った彼らは、ニューヨーク港にそそり立つ自由の女神像を目にして感涙したが、その後に待ち受ける苛酷なまでの厳しい入国審査をパスしなければならなかった。エリス島の移民博物館を訪ね、アメリカ合衆国という移民国家の原点を探る。


江戸幕府ができた頃からはじまるアメリカの『建国神話』
歴史上有名なメイフラワー号が清教徒を乗せてマサチューセッツ州プリマスに到着したのは1620年12月のことだった。彼らピルグリムファーザーズが新大陸に第一歩をしるしたといわれている岩はプリマス・ロックと呼ばれ、神殿風の建物に大切に保管されている。宗教的自由を求めて海を渡った彼らの行動によって、アメリカ建国の歴史がはじまったとされ、プリマスは現在でもその聖地として多くのアメリカ人の心をひきつけている。ニューイングランド地方には、このプリマスをはじめ、アメリカの歴史を語る上でかかせない史跡が多く保存されている。そのほとんどが、史実を検証し、忠実に再現されている。そこには自分たちの歴史を後世に伝えていこうとする強い意志が感じられる。マサチューセッツ州各地に散らばる史跡や、17、18世紀の暮らし振りを再現した村を訪ねると、熱心に見学する多くのアメリカ人に出会う。彼らは、今だからこそ、自分たちの国の歴史をもっと知ろうとしているのだろうか。

ニューイングランドの壮大な秋

10月の中旬から下旬にかけてカナダ国境から紅葉前線が南下してくるニューイングランド地方の山々や谷間は、カラフルに色づく。日本のように「紅葉の名所」などはなく、澄み切った秋空のもと、大地そのものが色彩の大ページェントを繰り広げる。そのスケールの大きさと美しさは、同時に、足早にやってくるこの地方の冬の厳しさをも予感させる。また、この時期はニューイングランドの伝統的な建物も格好のカメラの被写体になる。小さな町の教会、コロニアルスタイルの家々、カバードフリッジなど、だれでも絵葉書のような写真が撮れる。毎年、この季節になると、自分たちの祖先が開拓したアメリカの原風景を見るために、大勢の観光客がニューイングランドを旅する。


チャールス・リンドバーグの愛機を再び大空へ   ●The Spirit of St. Louis号の復元プロジェクト

ニューヨーク州ラインバックにある、オールド・ラインバック・エアロドームは、1900年〜1940年に製造された複葉機のコレクションで知られている。ここでは、毎週末(6月〜10月)これら年代物ともいえる飛行機が大空に舞うエアショーが楽しめる。希望者は複葉機に乗り込み、華麗でスリル満点のフライトも体験できる。航空機開発の黎明期、空に挑んだ飛行家や設計者たちのロマンが実感できる野原のエアプレーン・ミュージアムである。
2002年の暮れには、またひとつ、伝説の飛行機がここのコレクションに加わる。1927年5月、チャールス・リンドバーグを乗せた「The Spirit of St. Louis号」が初の大西洋無着陸飛行に成功した。それから、75年経ち、ザ・スピリット・オブ・セントルイス号が現代によみがえろうとしている。少年の頃から空に憧れていたオールド・ラインバック・エアロドームのパイロット兼エンジニアのケンウッド・カッセンスに3年半にわたる復元の経緯をインタビューした。


パワフルなゴスペルが流れるハーレムの安息日   
日曜日の朝10時。西115ストリートにあるメモリアル・バプティスト・チャーチに着飾った黒人の信者たちが集まりだす。あちこちでお互い声を掛け合い、肩を抱き、頬をすり寄せ合う光景には、単なる社交的なものではなく、心底お互いを労わり合う雰囲気が漂っている。ハーレムといえば貧困やドラッグ、犯罪を想像してしまいがちだが、ここで目にするのは、家族愛、コミュニティとの深いつながり、そして助け合いの精神といった「人間同士の深い結び付き」だった。午前11時、ミサはパワフルな歌声とともにはじまる。エレクトーン、ベース、ドラムにあわせて、クワイヤー(聖歌隊)が歌い、呼応するかのように信者たちも一体となって歌いだす。牧師の祈りが響き渡る。その牧師の声にますます教会内のボルテージはあがり……。はじめの数分間は、まるでロックコンサートの会場のような盛り上がりに、ただ圧倒されるばかりだった。

いつの日か憧れの舞台へ―ブロードウエイ・ダンスセンター   
世界のダンサーたちが憧れる場所、ニューヨーク『ブロードウエイ』。そのお膝元にあるブロードウエイ・ダンスセンターには、舞台デビューを目指すダンサーから、ダンス好きの若者、健康を求める主婦、未来のダンサーを目指す子供たち、さまざまな人が集まる。リズムに合わせてステップを踏むどの姿も真剣そのもの。時間がたつにつれ、誰もが舞台で踊るかのように顔が耀きだす。取材班が訪れた10月下旬の土曜日も、外はどんよりとした寒空であったにもかかわらず、スタジオ内は生徒たちの熱気で汗が出るほど暑くなっていた。ジャズダンスのクラスを教えるスー・サミュエルの話を交えながら、踊ることに夢を描くニューヨーカーの姿を紹介する。

田んぼがピンク色に染まる収穫の秋   ●ケープコッドのクランベリー
ニューイングランド地方の料理にかかせないクランベリーは、ブルーベリー、コンコード・グレープと同様、北米に自生するフルーツの一種で、先住民によってピルグリムファーザーズたちに伝えられた。苦味と酸味が強いこのフルーツは、ビタミンCの宝庫として重宝され、栽培方法も発達した。感謝祭の七面鳥にかけるソースやジャム、ジュースなど、さまざまなレシピも生み出された。今も、クランベリーを使った料理はニューイングランドの伝統料理として母から娘へと伝えられている。
クランベリーが生息するのは、BOGと呼ばれる湿地帯に限られている。秋、木々が紅葉しはじめる頃、クランベリーの田んぼはピンク色に染まり、その美しい光景はケープコッド一帯の風物詩にもなっている。10月の初旬、マサチューセッツ州ケープコッドのクランベリー収穫祭は、家族連れでにぎわっていた。

メイン・ロブスターの漁師は、なぜ「ハーベスター」と呼ばれるのか。   
メイン州アカディア・ナショナルパークの一角にあるデザート・マウンテン・アイランドは、涼しい気候と風光明媚な景色に恵まれた避暑地として、古くから多くの人びとをひきつけてきた。港にはボートやヨットが数多く係留され、洒落たB&BやInn、アートショップが立ち並ぶ。涼を求めてやってくるバカンス客の誰もが楽しみにしているのがメイン州の名物ロブスターだ。活きたロブスターを海水でゆでて食べさせるレストランでは、真っ赤にゆであがった大きなロブスターをほおばる人びとの姿を見ることができる。
ロブスター漁をする人々は、Harvester(収穫する人)と呼ばれる。メイン州のハーベスターは単にロブスターを捕るだけではなく、自ら乱獲を固く禁じ、ロブスターを育てる役目も担っているからだ。一組の夫婦の持ち船に乗り込み息のあった見事な共同作業で次々とロブスターを引き上げるハーベスターの仕事振りを取材する。

<アメリカ合衆国陸軍士官学校>
アメリカのエリートたちを育てる200年の伝統
  

アメリカ合衆国陸軍士官学校はウエスト・ポイントという呼び名で知られている。ウエスト・ポイントは地名で、マンハッタンからおよそ100キロ離れたハドソン川上流に位置する。独立戦争の最中、ジョージ・ワシントンが戦略的重要地として要塞を築くことを命じた地でもある。
ウエスト・ポイントのユニークな教育が評価されるのは、設立以来、多くの優れたリーダーを輩出してきたことにある。高度な教育を受けられるという点では、ハーバードやエールといった一流の大学と変らない。しかし、カデットと呼ばれる士官候補生の日常生活は、厳しい規律、次々に出される命令、膨大な課題に忙殺される。自由の国アメリカでありながら、徹底的に自我を抑制し、チームプレーに専念しなければならない。カデットたちは、この厳しい環境の中から真のリーダーシップとは何たるかを学ぶことになる。およそ200年というもの、時代の趨勢に関わらずウエスト・ポイントでの厳しい生活は変ることはない。カデットの生活ぶりを追いながら、ウエスト・ポイントのエリート教育についてリポートする。

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